二つの重大な疑問がある。一つは、健康に有害なストレスを生み出す長時間労働や職場環境こそ改善しなければならないのだが、一定時間を超えたら産業医の指導や健康診断の実施によって労働者の健康対策を講じるというのでは、労働者個々人の健康問題に収斂されてしまいかねない。こうした方法論では、長時間労働などストレスをもたらす客観的環境を改善するのは難しいだろう。長時間労働をもたらす制度や環境への対策を重視し、現場で働く労働者が参加して分析と改善のための多面的アプローチを可能にするシステムを構築することが求められる。
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そこでは、健康状態に危険信号を発することのできる働き手は大事な存在だということが自覚されるだろう。心身に支障を来した人を厄介者扱いする傾向は、配置転換や休業措置を、体のよい職場からの排除の手段としてしまい、またそれが当該労働者の処遇に不利益に影響しても問題はないという切り捨ての思想にもつながりかねない。そうすると働き手は健康診断を受けることを回避し、いのちがすり切れるまで働くという悪循環に陥ってしまう。二つ目の問題は、割増賃金の意義にある。割増賃金制度は、「一日八時間は収入のために、次の八時間は休息のために、残りの八時間は自分自身のために」という生活の自由と自己決定権を侵害して働かせた使用者に対する経済的制裁としての性質を有するのと同時に、割増賃金を支払うより人を雇う方が経済上合理的だということで残業をセーブする方向に誘導するものでもあって、労働時間規制の生命線ともいえる。割増賃金制度と、人間の生活にフィットした労働時間の上限規制(裏を返せば非労働時間の確保)を組み合わせて機能させることが必要だ。